
25年、この道一筋で歩いてきた
僕は今、1ヶ月で100記事を書くという挑戦の真っ只中にいる。25年分のキャリアをAIと同期させ、異常なスピードでアウトプットし続けている。
なぜ、そこまでやるのか? それは「従業員として16年」「経営者として10年」、この業界に捧げた25年の結び目として、どうしても僕自身の言葉で語らなければならないことがあるからだ。
1. 「逃げなかった」のではなく、「逃げられなかった」
僕は三代目として父の跡を継いだ。父が経営し、僕ともう一人の従業員が現場を支える。
たった3人だけの小さな現場。
父が残した現場には、
人を守ろうとする想いと、
人を傷つける構造が同時に存在していた。
僕自身もその中で多くの葛藤を抱えた。
それでも、そこを離れるという選択肢だけは見えていなかった。
なぜ、そこまでしてその場所に居続けたのか。
綺麗事を言うつもりはない。
「ここを辞めたら、自分にはもう働く場所なんてどこにもない」
と思い込んでいたからだ。高校を中退した自分には、外の世界で戦う資格も、選択肢もない。そう信じて疑わなかった。 「逃げなかった」のではなく、「逃げ道がない」という恐怖に縛られていただけだった。
2. 経営者としての10年で考え続けたこと
10年前、父が亡くなり、僕が代表になった。
経営者としての10年で最初に考えたのは、父が残した「形」を守ることではなく、この場所をどう
すれば少しでも良くできるかということだった。
父にとっても守りたいものはあったと思う。
ただ同時に、現場には窮屈さや息苦しさの残っていた。
だから僕は、
「もう一人の従業員には同じ思いをさせたくない」
そう考えながら仕事を続けてきた。
業務委託として事業をサポートする立場は変えずとも、人を道具ではなく、一人の人間として尊重する。
それは大きな決断というより、
10年かけて少しずつ形にしてきた僕なりの答えだった。
3. 「脱還」は、自分の選択肢を取り戻すこと
今年、経営者として10年目の節目を迎えた。
その中で僕は、「脱還(だっかん)」という言葉にたどり着いた。
それは何かを捨てることではない。
長い間、
「自分にはこの道しかない」
と思い込んでいた感覚から離れていくことだった。
高校中退という劣等感も、
25年間同じ場所にいたことも、
今では否定したい過去ではない。
むしろ、その経験があったからこそ見える景色がある。
だから今は、
自分自身を理解し直し、
選択肢を取り戻していく過程を発信している。
AURA DESIGNも、その延長線上にある。
4. AURADESIGNに込めたもの
AURA DESIGNという名前には、
一人ひとりが持つ固有の輝きや可能性を、
他人の評価や役割ではなく、
その人自身のものとして大切にしたいという想いを込めています。
僕は25年間、
同じ場所で働き続けてきました。
従業員として16年。
経営者として10年。
その中で感じてきたのは、
人は環境や立場によって、
知らないうちに自分の可能性を狭めてしまうことがあるということでした。
「自分にはこれしかない」
「もう遅い」
「どうせ無理だ」
僕自身も、そんな思い込みの中で長い時間を過ごしてきました。
だからこそ今は、
答えを与えることよりも、
その人自身が持っている可能性や感覚を一緒に見つけていくことを大切にしたいと思っています。
AURA DESIGNは、
人生を作り変えるための場所ではありません。
本来持っていた感覚や選択肢を取り戻し、
自分自身をもう一度デザインし直していくための場所です。
このブログも、
その過程を記録するために続けています。
25年という時間の中で見えてきたこと。
失敗したこと。
遠回りしたこと。
そして、少しずつ取り戻してきたこと。
そのすべてを言葉にしながら、
これからも発信していきます。
もし何か感じるものがあったなら
ここまで読んでいただき、
ありがとうございます。
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