先日、宮古島でプロフィール撮影をしてきた。
正直、最初はそこまで深く考えていたわけではない。
「自然な場所で、いい感じの写真を撮ってもらえたらいいな」
そのくらいの感覚だった。
でも、実際に撮影を体験してみて、僕は強烈に感じたことがある。
それは、
「素人とプロの差は、着眼点だ」
ということだった。
最初は「いい角度を探して撮るだけ」だと思っていた
僕は最初、写真撮影というのは、
「ポーズを決めて、カメラマンがいい角度を見つけて撮る」
そのくらいのものだと思っていた。
でも実際は、全然違った。
カメラマンさんは、
・風向き
・天候の変化
・光の強さ
・影の入り方
・髪の流れ
・服の動き
・立ち位置
・背景とのバランス
そういったものを、常に見ていた。
「今の風なら、髪が自然に流れる」
「この光は強いから、少し影を使おう」
「ここは木漏れ日が綺麗に入る」
そんなことを、ずっと考えながら撮っていた。
僕はそれを見て、驚いた。
写真って、ただ人を撮るだけじゃないんだと思った。
空気を撮っているんだと思った。
マングローブの木漏れ日が忘れられない
今回、最初は2ロケーションの予定だった。
そのうちの一つが、マングローブの近くだった。
木の影の中に、木漏れ日が差し込む。
静かで、少し神秘的な場所だった。
そこで撮影している時、僕は不思議な感覚になった。
「ただ写真を撮っている」というより、
自分の空気感や、今まで生きてきた感覚そのものを写しているような感覚だった。
だから、モニター越しに写真を見た時、自分なのに、自分じゃないように見えた。
何かを語っているように感じた。
そこに“世界観”というものを感じた。
ルーツの話をしたことで、最後に東平安名崎を追加してくれた
途中、お昼ご飯を食べながら、僕は宮古島にルーツがある話をした。
母が宮古島、父が伊良部島の人間であること。
そういった話をした時、カメラマンさんが、
「じゃあ、最後もう一ヶ所行きましょう」
と言ってくれた。
そこで追加してくれたロケーションが、東平安名崎だった。
宮古島の中でも、空と海と風を強烈に感じる場所。
そこに立った時、なんとなくわかった気がした。
「宮古島で撮る意味があるんだな」と。
もし都会のスタジオだったら、もっと“作る写真”になっていたと思う。
でも宮古島は違った。
風も、光も、空気も、その瞬間ごとに変わる。
だからこそ、演出というより、
“その人の空気感”
が出るんだと思った。
しかも僕自身、宮古島にルーツがある。
だから今回の撮影は、単なるプロフィール撮影ではなく、
「自分の感覚の源流に戻る時間」
みたいな感覚もあった。
撮影は想像以上に大変だった
正直、撮影はかなり大変だった。
宮古島の日差しの中、3〜4時間。
しかも、普段しないようなポージングや動きをする。
首の角度。
肩の力。
歩き方。
目線。
姿勢。
涼しい顔をしていても、実際はかなり体力を使っていた。
軽い熱中症みたいになったくらいだ。
でも、その時に思った。
「自然に見える」って、実はものすごく高度なんだと。
完成した写真だけを見ると自然なのに、その裏側では細かい調整が積み重なっている。
これもまた、プロの仕事なんだと思った。
「盛る」のではなく、「表現する」
今回の撮影で、僕はもう一つ大きなことを学んだ。
それは、
「プロの力を借りる」というのは、無理に自分を盛ることではないということ。
むしろ逆だった。
自分では見えていなかった“自分らしさ”を、引き出してもらう感覚だった。
普段通っている散髪屋さんもそう。
今回のカメラマンさんもそう。
本当にプロの人って、
「この人の良さはどこか」
を見ている。
だからこそ、自然なのに、どこか引き込まれる。
そこに差が生まれるんだと思った。
プロとの差は、着眼点
今回、本当に強く思った。
プロとの差は、技術だけじゃない。
「何を見ているか」
そこに大きな差がある。
普通の人が見落とすものを見ている。
空気。
光。
タイミング。
文脈。
その着眼点があるから、結果が変わる。
そしてこれは、写真だけじゃないと思う。
仕事も。
SEOも。
マーケティングも。
人間関係も。
全部そうなんだと思う。
表面だけを見るのではなく、その奥を見る。
今回の宮古島での撮影は、ただプロフィール写真を撮っただけではなかった。
僕にとっては、
「自分をどう表現するか」
を学ぶ時間だった。


コメント