最近、不思議な感覚を味わっています。
宮古島から帰ってきて数日が経ちました。
帰ってきたはずなのに、どこか「自分の場所ではない」ような感覚があります。
別に環境が変わったわけじゃありません。
街も同じ。
家も同じ。
仕事も同じ。
いつも見ている景色も何も変わっていません。
それなのに、なぜか違和感がある。
最初は環境のせいだと思っていました。
でも、ふと立ち止まって考えてみたんです。
本当に環境が変わったのか?
そう思って、一度違う視点で周りを見てみました。
すると気づいたんです。
何も変わっていない。
変わったのは自分の方だった。
もちろん、これはSF映画みたいな話ではありません。
パソコンが実は缶ビールだったとか、そういう話ではないです(笑)
目の前にあるものは、目の前にあるもの。
事実は変わりません。
でも、人は事実だけを見ているわけではないんだなと思いました。
人は自分というフィルターを通して世界を見ている
同じ景色を見ても、
不安な時は不安な景色に見える。
焦っている時は追い詰められた景色に見える。
余裕がある時は可能性のある景色に見える。
景色は同じなのに、見え方だけが変わる。
僕たちは現実を見ているようで、実は「現実+自分の解釈」を見ているのかもしれません。
だから同じ出来事でも、
ある人はチャンスだと言う。
ある人は不幸だと言う。
ある人は成長の機会だと言う。
出来事は一つなのに、受け取り方はまったく違う。
最近の僕は、そのことを強く感じています。
宮古島で感じたこと
今回の宮古島滞在は、ただの旅行ではありませんでした。
自然の中で過ごし、
ルーツに触れ、
プロフィール撮影を行い、
これからの人生や事業について考える時間がありました。
仕事からも少し距離を置き、自分自身と向き合う時間が多かったと思います。
そして帰ってきた時に感じた違和感。
最初は環境に原因があると思っていました。
でも、よく考えてみると環境は何も変わっていない。
変わったのは、自分の価値観や感覚の方だったのかもしれません。
フロントガラスに顔を貼り付けて運転していないか
以前、こんなことを考えたことがあります。
車の運転で例えるなら、
フロントガラスに顔を貼り付けて運転している状態と、
しっかりシートに座って前を見ている状態では、
見える景色がまったく違います。
道路は同じ。
景色も同じ。
でも視野が違う。
余裕が違う。
人生も同じなのかもしれません。
目の前のことに必死になっている時は、世界が狭く見える。
少し距離を取るだけで、同じ景色でも見え方が変わる。
問題が消えるわけではありません。
でも、捉え方は変わります。
世界を変える前に
僕はこれまで、
「環境を変えれば何かが変わる」
と思っていた部分がありました。
もちろん環境は大切です。
ただ今回感じたのは、それ以上に自分の見方や捉え方の影響でした。
世界を変えたいと思った時、
本当に変えるべきなのは外側だけではない。
自分自身のフィルターかもしれません。
もし今、環境に違和感を感じているなら、
一度こんな問いを自分に投げかけてみてください。
本当に変わったのは環境なのだろうか。
それとも、自分自身なのだろうか。


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