「待つ時間」を「創る時間」に変える思考法
「待つ」を「創る」に変換する問い
待ち合わせで
「あと1時間くらいかかりそう……」
と言われた時、多くの人は「自分の時間を奪われた」と感じ、イライラしてしまうかもしれません。
でも、僕にとって待ち合わせの1時間は、まったく「待っている」時間ではありません。
予定が空いた瞬間、自分へ立てる問いがあります。
「この間に、何ができるか?」
この問いを立てた瞬間、その時間は「相手に拘束された時間」から、「自分が自由に使える時間」へと変わります。
だから後から相手に
「遅れてごめん!」
と謝られても、本気でこう思っています。
「いや、全然大丈夫だよ」
なぜなら、その時間を自分のために最高に活用していたからです。
インバウンドの街角は「コンセプトの宝庫」
最近の僕の楽しみの一つが、インバウンドで増えている海外の方々を観察することです。
これは単なる人間観察ではありません。
僕の中では、一種の「プロファイリング・ゲーム」です。
例えば、
- 服装や持ち物からバックグラウンドを想像する
- 「この人はきっとこういう悩みを持っていそうだ」と仮説を立てる
- 家族構成や人生観を勝手に妄想する
- さらに、その人に“いかにもありそうな名前”を勝手につける
一人で勝手に、
「あの人、絶対〇〇って名前やろ(笑)」
なんて思いながら、その人の人生のコンセプトを脳内で組み立てて遊んでいます。
でも実はこれ、ただの遊びではありません。
こういう時間は、コンセプトメイクや洞察力を鍛える、最高のトレーニングでもあるんです。
「納得いかない感覚」を深掘りする時間
待ち時間には、普段感じていた違和感を深掘りすることもあります。
例えば、
- 「なんでこれに違和感を感じたんだろう?」
- 「この現象の本質って何なんだろう?」
- 「みんなが当たり前に受け入れているけど、本当にそうなのか?」
そんな問いを、1時間じっくり考える。
今の時代は、情報が多すぎます。
SNSを開けば、次から次へと刺激が流れ込んできます。
だからこそ、意識的に立ち止まらない限り、自分の思考はどんどん浅くなっていく。
待ち合わせの遅延というのは、見方を変えれば、
「強制的に与えられたクリエイティブ・タイム」
なのかもしれません。
「時間を奪われた」と感じるか、「自由時間を得た」と感じるか
もちろん、次の予定に影響するような遅刻は困ります。
でも、そうでないなら、「待つ」という行為は最高のエンターテインメントになります。
結局、
- 「時間を奪われた」と考えるのか
- 「自由な時間を手に入れた」と考えるのか
その違いは、自分の中に“問い”を持っているかどうかです。
待ち時間にスマホを漫然と眺めるのではなく、目の前の世界を観察してみる。
そこから妄想を広げてみる。
すると、退屈だと思っていた1時間が、驚くほど濃い時間に変わります。
まとめ|時間の主導権を相手に渡さない
僕は、「待たされる」という感覚を、あまり持っていません。
なぜなら、時間の主導権を相手に渡していないからです。
相手が遅れている間も、自分の思考や感性は自由に動かせる。
むしろ、予定がズレたことでしか生まれない“余白”の中に、面白い発見が眠っていることも多い。
だから次に誰かが遅れてきた時は、ぜひ一度こう考えてみてください。
「この時間で、何を創れるだろう?」
その問いひとつで、「待つ時間」の意味は大きく変わると思います。


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