最悪だった、あのステージ
昔、地元の小さな夏祭りで歌ったことがあります。
ギターを持って、弾き語り。当時はまだ経験も浅くて、正直うまいとは言えない状態でした。
しかもその日は、最悪でした。
緊張もあったし、音響も悪くて、自分の声がほとんど聞こえない。
歌っていても、どこかズレている感覚があって、自分でも「これはやばいな」と分かるくらいでした。
その時の会場の反応は、今でも覚えています。
笑い声が聞こえた。「俺の方がうまい」と言っている声も入っていた。
当時付き合っていた彼女に動画を撮ってもらっていたんですが、後から見返して、正直かなりきつかった。
悔しかったです。
歌が下手だったこともそうですが、その場にいた人よりも、一緒に来てくれていた彼女に恥をかかせてしまったことが、一番きつかった。
「次は絶対に変える」と決めた
でも、その出来事で終わりませんでした。
「次は絶対に変える」
そう思いました。
約1年間、やり続けたこと
そこから、次の夏祭りまでの約1年間、とにかく練習しました。
特別なことをやったわけではありません。
ギターを触る時間を増やす
歌う回数を増やす
自分の声を録音して聞き返す
人前で歌う機会を増やす
地味なことの繰り返しです。
でも、やり続けました。
正直、途中で何度も思いました。
「別にそこまでやらなくてもいいんじゃないか」
「どうせまた同じことになるんじゃないか」
でも、それでもやりました。
理由はシンプルで、あの悔しさをもう一度味わいたくなかったからです。
翌年、同じステージに立った結果
そして、翌年の夏祭り。
同じようにステージに立ちました。
結果はどうだったか。
拍手に変わりました。
もちろん、プロみたいに完璧だったわけではないです。
客層も多少変わっていたかもしれない。条件が違った可能性もあります。
でも、それでも確実に違ったのは、
自分の中の“逃げてない感覚”でした。
あの時は、やれることはやった。そう思える状態で立てた。
だからこそ、結果も変わったんだと思います。
評価はコントロールできない。でも準備はできる
この経験で一つ分かったことがあります。
評価はコントロールできない。でも、準備はできる
笑われるか、拍手されるか。それはその場の環境や人によって変わります。
でも、ひとつだけ自分でコントロールできるものがあります。
それは、**「どこまでやったか」**です。
やりきっていない状態で立つと、何を言われても刺さる。
でも、やりきった状態で立つと、同じことを言われても、受け取り方が変わる。
変わったのはスキルだけじゃない
あの1年で変わったのは、ギターや歌の技術だけではありませんでした。
向き合う姿勢
継続する力
自分との約束を守る感覚
そっちの方が大きかったと思います。
最後に
もし今、
誰かに何かを言われて止まっている人がいるなら、一つだけ伝えたいです。
評価を変えようとする前に、“自分がやりきったと思える状態”を作ること。
それができると、見える景色は変わります。
僕は、笑われたステージでそれを学びました。
そして次は、拍手に変わった。
それだけの話ですが、自分の中ではかなり大きな経験です。


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