17歳の夜に起きたこと
17歳の時の話です。
その日も、いつもと同じように家に帰ると、
父はお酒を飲みながら音楽を聴いていました。
何気ない、いつもの光景でした。
その時、父が言いました。
「お前に話すことがある」
少し空気が変わったのを覚えています。
知らなかった事実
父は、こう続けました。
「お前には、腹違いのお兄ちゃんがいてな。
中学1年の時に、自分で命を絶ったんや」
遺書には、
「誰も自分のことを分かってくれない」
と書かれていたそうです。
そして父は、こう言いました。
「その年に、お前が生まれてん。
お前は、生まれ変わりみたいなもんやと思って育ててきた」
「自分」が消えた感覚
その瞬間のことは、今でもはっきり覚えています。
自分の中で、何かが一度終わった感覚がありました。
それまでの「自分」というものが、
一気に分からなくなった。
自分は誰なんだろう。
何のために生きているんだろう。
そんなことを、ずっと考えるようになりました。
生きること自体が、少ししんどくなった時期もありました。
救ってくれたもの
でも、その時に救われたものがあります。
音楽です。
当時、KREVAの「My Life」という曲を聴きました。
その曲の中で、「自分の人生を生きる」というメッセージに触れた時、
少しだけ、息ができるような感覚になりました。
初めて芽生えた感情
その時、こう思いました。
「自分も、こんなふうに誰かを救える存在になりたい」
そして、もう一つ。
強く残った感情があります。
「僕を、“僕として”見てほしい」
誰かの代わりじゃなくて、
誰かの期待でもなくて、
ちゃんと“自分”として、名前を呼ばれたい。
自分の言葉で生きる
その気持ちが、音楽に向かわせました。
ヒップホップの世界に入り、
自分の言葉で、自分の思いを表現するようになりました。
今振り返ると、あの出来事は
間違いなく人生の分岐点だったと思います。
答えはまだ出ていない
もちろん、簡単に整理できる話ではありません。
今でも、完全に答えが出ているわけではないです。
でも、一つだけ言えることがあります。
自分の意味は、自分で作るしかない
どんな背景があっても、
どんな過去があっても、
最終的にどう生きるかは、自分で決めるしかない。
誰かに定義されたまま生きるのか。
それとも、自分で意味を作っていくのか。
僕は、後者を選びたいと思いました。
最後に
もし今、
「自分が分からない」と感じている人がいるなら、
それはおかしいことではないと思います。
むしろ、ちゃんと向き合っている証拠かもしれません。
すぐに答えが出なくてもいい。
でも、そのまま誰かの言葉で自分を決めてしまうのではなく、
少しずつでもいいから、自分で自分を定義していく。
その積み重ねが、
いつか“自分の人生”になるんだと思います。
僕は、あの日からそれを考え続けています。


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