昔の僕は、仕事終わりに立ち飲み屋へ行くことが、一つの習慣になっていました。
常連の顔ぶれ。
適度な騒がしさ。
気を遣わなくていい空気感。
安いお酒と、少しの会話。
あの空間には、確かに居心地の良さがありました。
もちろん、立ち飲み屋そのものが悪いとは思っていません。実際、今でも「たまには行きたいな」と思うことはあります。
ただ、今振り返ると、あの頃の僕は少しずつ「これでいいや」という感覚に飲まれていた気がします。
「居心地の良さ」は、時に人を止める
立ち飲み屋に行けば、その瞬間は満たされます。
仕事の疲れも少し忘れられる。
誰かと話せば気も紛れる。
今日一日を終えたような気持ちになれる。
でも、その「ちょうどいい満足感」って、実はすごく強力なんですよね。
なぜなら、人は“満たされた感覚”を得ると、そこで思考も行動も止まりやすくなるからです。
もちろん、息抜きは必要です。
ずっと張り詰め続けることなんてできません。
ただ、僕自身の経験として、「そこにいること」が習慣になりすぎると、少しずつ行動のスピードが鈍っていった感覚がありました。
人は、環境の空気を吸って生きている
僕は以前から、「人は環境によって変わる」と感じています。
でも最近は、それだけではないとも思っています。
本当に大切なのは、「どの環境に、どれくらい長く身を置くか」なのかもしれません。
居心地の良い場所は、心を休ませてくれます。
でも同時に、「このままでいい」という感覚も与えてきます。
それが悪いわけではありません。
ただ、もし今の自分が、
「何かを変えたい」
「もっと前へ進みたい」
と思っているなら、ずっと同じ空気の中に居続けることは、時に自分の足を止めてしまうこともある。
僕は最近、その感覚を強く実感しています。
今は「飲みに行きたいな」くらいがちょうどいい
最近は、以前ほど飲みに行かなくなりました。
行きたくないわけではありません。
むしろ、「ちょっと飲みに行きたいな」と思うことはあります。
でも、そのくらいの距離感が、今の自分にはちょうどいい。
なぜなら、今はそれ以上に、
- 記事を書きたい
- 思考を整理したい
- 自分を磨きたい
- 未来を作りたい
という感覚の方が強いからです。
実際、今のアウトプット量や思考の整理速度は、当時の自分ではできなかったと思います。
「何をするか」より、「どんな空気に浸かり続けるか」
人は極端な一回で変わるというより、日常の空気で少しずつ形を変えていきます。
だからこそ、
「何をするか」だけではなく、
「どんな環境に長く身を置くか」
これは本当に大事だと思っています。
たまに息抜きをする。
好きなお酒を飲む。
誰かと笑う。
それはすごく大切です。
でも、その環境に飲まれて、自分の“進みたい方向”まで見失わないこと。
今の僕は、その距離感を大切にしたいと思っています。


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