「頑張って書いた」という感覚が、正直あまりありません。
気づけば80記事。
5月2日から連投を始め、AIと対話しながら、自分の頭の中にあるものを言葉にしていたら、いつの間にか記事が積み上がっていました。
もちろん、作業量としては異常だと思います。
でも、自分の感覚としては「量産している」というより、「整理している」に近いんです。
僕は今、キーボードを打つ時間よりも、目を閉じて話している時間の方が長い。
そして不思議なことに、そのほうが言葉が詰まらないんです。
画面を見ないほうが、言葉が出てくる
最近、自分の中でかなり大きな変化がありました。
それは、「送信ボタンを自分でコントロールできるようになったこと」です。
以前は、文章を書いている途中で止まっていました。
「この表現で合っているかな」
「もっと綺麗に書いた方がいいかな」
「読みやすくしないと」
そんなことを考えているうちに、思考より“編集”が前に出てきてしまう。
でも今は違います。
まず出す。
まず話す。
まず流す。
すると、不思議なくらい言葉が詰まらない。
むしろ、溢れてくる。
これはAIを使っているからというより、“声”でアウトプットしているからだと思っています。
「視覚オフ」のほうが、頭が回る
最近、特に感じていることがあります。
それは、
「目は休んでいるのに、頭の回転数が上がっている」
という感覚です。
普通、作業量が増えると疲弊していくと思うんですが、今の僕は少し違う。
もちろん身体は疲れます。
でも、脳の奥はむしろクリアになっている。
これは多分、「見る」という行為を減らしているから。
画面を見続けると、人はどうしても“整えるモード”に入るんですよね。
でも、目を閉じて話すと、“本音”が先に出る。
頭の中にあるものを、先に掴める。
だから最近は、文章を書いているというより、「思考を採掘している感覚」に近いです。
AIは代筆ではなく、“思考の壁打ち”になった
AIを使っていると、
「ラクしてる」
「自動生成でしょ」
と思われることもあります。
でも、実際にやってみると全然違う。
AIは、勝手に人生を書いてくれません。
自分の中に何もなければ、出てくるものも薄い。
逆に、自分の中に熱量や体験があると、それを整理し、深掘りし、言語化する速度が一気に上がる。
だから今の僕にとってAIは、「代筆ツール」というより、
“思考を整理するための対話相手”
なんです。
話しているうちに、自分でも気づいていなかった感情や価値観が見えてくる。
そして、その流れのまま記事になる。
この感覚は、実際にやってみないと多分わからないと思います。
まだ100記事じゃない。でも、もう見えている
今はまだ80記事です。
でも、正直もう100記事は見えています。
というより、止まる感じがしない。
もちろん、「量だけ増やせばいい」とは思っていません。
でも今の時代、頭の中にあるものを外に出さなければ、存在していないのと同じだとも思っています。
だから僕は今、自分の思考を、人生を、感覚を、ブログという形で外に置き続けています。
もしかしたらこれは、文章というより“生きた記録”なのかもしれません。
そして多分、この80記事は通過点です。
次に自分が何を見つけるのか。
それを一番楽しみにしているのは、今の自分自身かもしれません。


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