昔の僕は、「自分が我慢すれば丸く収まる」と思っていた。
父親、おじさん、親戚との仕事。
簡単に関係を切れるわけじゃない環境の中で、できるだけ波風を立てないようにしていた。
もちろん、ずっと我慢できていたわけではない。
でも、「関係を壊したくない」という気持ちは、ずっとあった。
だから、
- 飲み込む
- 合わせる
- 空気を読む
- 相手を優先する
そういうことを、無意識に続けていた。
でも、ある時から気づいた。
人って、優しさだけでは守れない。
「未熟さ」を他人に背負わせる人がいる
僕は別に、「未熟な人」が嫌いなわけじゃない。
不器用でもいい。
悩んでいてもいい。
変わるのが遅くてもいい。
でも、
- 他責思考
- 被害者意識
- 自分では考えない
- 相手に合わせさせようとする
- 自分は変わらないのに、周囲に理解を求め続ける
そういう状態の人と長く関わると、片側だけが削れていく。
実際、僕自身そうだった。
恋愛でも、人間関係でも、ストレスで顔色が土色になったこともある。
吹き出物だらけになったこともある。
爪がボロボロになったこともある。
「気にしすぎ」と言われればそれまでかもしれない。
でも、あの時の僕は、確実に壊れかけていた。
成長は「意識高い話」じゃない
だから今の僕は、「成長って大事だな」と本気で思っている。
でもそれは、意識高い話ではない。
成長しないと、人は無意識に他人を傷つける。
自分の未熟さを、
周囲の優しい人に処理させてしまう。
そして、優しい人ほど、
「自分が我慢すればいい」と思ってしまう。
でも、それはいつか限界が来る。
だから僕は今、
「変わる気のない人」とは距離を置くようになった。
冷たくなったわけではない。
むしろ逆だ。
もう、自分を壊す関係性を繰り返したくないだけだ。
「変わりたい人」とは、一緒に考えたい
ただ、ここだけは誤解されたくない。
僕は、「できる人」とだけ関わりたいわけじゃない。
むしろ、
- 不器用でも
- 苦しんでいても
- 迷っていても
「変わりたい」と思っている人とは、一緒に考えたい。
僕自身、完璧な人間ではない。
今でも未熟だし、考え方を修正することなんて山ほどある。
でも、少なくとも、
「全部相手のせい」
「自分は変わらない」
という場所には、もう戻りたくない。
誰にでも好かれることは、もう諦めた
結局、どんな状態でも人には何か言われる。
距離を置いても言われるし、我慢しても言われる。
だったら僕は、
全員に好かれることよりも、
「自分が壊れない環境」を作ることを選びたい。
そして、
同じように悩みながらも、
少しずつでも前を向こうとしている人と、
これからは繋がっていきたいと思っている。


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