コロナ禍で、僕が生卵を配った理由
コロナ禍が始まった頃。
世の中が「どうなるんだ」「物がなくなる」「仕事が止まる」と、不安に包まれていた時期がありました。
そんな中、僕はシングルマザーの方限定で、生卵を無料で配るということをやりました。
配った数は、合計470個ほど。
一人につき二パック。
今振り返ると、これは単なる人助けではありませんでした。
もちろん、「少しでも助けになれば」という気持ちはありました。
でも正直に言うと、それだけではありません。
僕の中には、マーケティング的な興味もありました。
「人は、本当に必要なものを渡された時、どんな反応をするんだろう」
それを、自分の目で見てみたかったのです。
正直、下心もあった
ここは綺麗事にしたくありません。
僕は当時、
- 価値提供とは何か
- 人が本当に喜ぶものとは何か
- 必要とされるものは何か
を、自分自身で体験してみたい気持ちがありました。
だから、完全な善意100%だったかと言われれば違います。
- 人助けにもなればいい
- 喜んでもらえたら嬉しい
- 同時に、人の反応を見てみたい
- マーケティングの勉強にもしたい
そういう感情が、全部混ざっていました。
でも今思うのは、人間って本来そういうものなんですよね。
ビジネスも、
「誰かの役に立ちたい」
だけでは続きません。
そこには、
- 学びたい
- 成長したい
- 認められたい
- 価値を作りたい
そういった“自分側の動機”も必ず混ざっています。
大事なのは、その下心が、
「相手を犠牲にするものか」
それとも、
「相手にも価値がある循環になっているか」
だと思っています。
なぜ「生卵」だったのか
ここには、ちゃんと理由があります。
生卵って、すごく万能なんです。
- 卵焼きになる
- 目玉焼きになる
- 親子丼になる
- スープにも使える
- 子供向けにも使いやすい
しかも、一品増やせる。
特に、毎日子供のために料理をしている家庭にとって、「何にでも化ける食材」というのは、かなり助かります。
高級なものではありません。
でも、“生活に直結している”。
僕はそこに価値があると思いました。
同じ卵を渡しても、人の反応は全部違った
実際にやってみると、本当に面白かったです。
「なんでこんなことするんですか?」と不思議そうに聞く人。
お礼に、手作りのマスクを作ってくれた人。
すごく嬉しそうに話しかけてくれる人。
逆に、何も言わず当然のようにもらっていく人。
同じ卵を渡しているのに、反応が全部違う。
でも僕は、それがすごく興味深かった。
人って、
「何を受け取ったか」
だけではなく、
「どういう状態で受け取ったか」
で、反応がまったく変わるんだと感じました。
無料だから価値がないわけではない
ここで僕が強く感じたのは、
「無料か有料か」ではなく、
“今のその人に必要かどうか”
が価値を決めるということです。
どれだけ高価でも、今必要じゃないものは刺さらない。
逆に、シンプルな生卵でも、
「今ちょうど助かる」
なら、そこにはちゃんと価値が生まれる。
これは今の時代のマーケティングでも、本質は同じだと思っています。
価値提供は、「相手の生活導線」を見ること
多くの人は、
「自分が渡したいもの」
を基準に考えます。
でも、本当に価値があるものって、
“相手の日常に自然に入り込めるもの”
なんですよね。
派手じゃなくてもいい。
映えなくてもいい。
でも、
「これ、助かる」
と思えるもの。
そこに、人は自然と価値を感じる。
あの時、僕は「人間」を見ていた
今振り返ると、あの時僕が見ていたのは、卵ではなく“人”だったのかもしれません。
人は、同じものを受け取っても、全然違う反応をする。
- 感謝する人
- 警戒する人
- 返したくなる人
- 当たり前だと思う人
そこには、その人の背景や価値観、生き方が見えていました。
そして僕は、その反応の違いがすごく面白かった。
結局、マーケティングって、テクニックではなく、
「人を理解しようとすること」
なのだと思います。
あの時の470個の生卵は、僕にとって、そんな「価値の正体」を教えてくれた体験でした。


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