昔の僕は、ずっと「自信」が欲しかった。
もっと結果を出せば。
もっと認められれば。
もっと稼げれば。
そうすれば、自分を好きになれると思っていました。
でも実際は、何かを達成しても、その感覚は長続きしませんでした。
一瞬だけ満たされる。
でも、またすぐに「これでいいのか?」という感覚が戻ってくる。
その違和感の正体を、僕は長い間わかっていなかったのです。
自信がなかった理由
今振り返ると、僕はずっと「誰かの人生」を生きていました。
父親。
環境。
周囲の期待。
役割。
気づけば、自分で選んでいるようで、どこか“決められたレール”の上を歩いている感覚があった。
もちろん、当時の自分なりに必死でした。
でも、どれだけ頑張っても、自分の中に「納得感」がなかった。
だから、自信が持てなかったのだと思います。
自信というのは、能力だけで生まれるものではない。
「自分で選んで生きている感覚」
そこが欠けると、人はどこかで自分を信じきれなくなるのだと思います。
父の死後、僕は“答え”を探し始めた
父が亡くなり、家業を継いだ頃。
僕は、急激に「自分が背負う側」へ回ることになりました。
正直、当時はかなり苦しかった。
責任。
不安。
プレッシャー。
「自分がやらなければ」という感覚の中で、必死に前へ進もうとしていました。
そんな時、僕は自己啓発や成功法則に強くのめり込むようになります。
当時の僕にとって、それは“希望”でした。
新しい知識を知るたびに、
「人生は変えられる」
「もっと上へ行ける」
そう思えた。
でも同時に、今振り返ると、かなり極端でもあったと思います。
本当の意味で自分を整えるというより、
“不安や弱さを打ち消したかった”部分もあったのかもしれません。
結果、人間関係で空回りしたり、傲慢になったり、うまくいかない時期もありました。
「成功したら自信がつく」と思っていた
僕は長い間、
「成功したら、自分を認められる」
と思っていました。
でも最近、少し感覚が変わってきました。
まだ理想の売上があるわけではありません。
コーチング事業も、これからです。
それでも今、以前より確実に「自分を生きている感覚」がある。
なぜか。
それは、自分で選び始めたからです。
誰かの価値観ではなく、自分の価値観で。
誰かに決められた道ではなく、自分で納得した道を。
その感覚が、少しずつ自信に変わっている気がします。
今までの嫌だったことが、少しずつ意味を持ち始めた
父との関係。
苦しかった人間関係。
極端だった時期。
失敗。
遠回り。
昔は「なんでこんな人生なんだ」と思うこともありました。
でも今は、その全部が今の自分を作っている感覚があります。
だから最近は、少しずつ思えるようになりました。
「あの経験があったから、今ここに辿り着いているのかもしれない」と。
もちろん、まだ途中です。
でも、“誰かの人生”ではなく、“自分の人生”を歩き始めた感覚だけは、昔よりずっと確かにあります。
そして本当に欲しかったのは、お金や承認そのものではなく、
「自分で選び、自分で生きている感覚」
だったのだと思います。


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