MENU

「なんか好き」を深掘りすると、自分の人生観が見えてくる

最近、ウォーキングをしながらiPhoneで写真を撮っています。

もともと僕は、「あ、綺麗やな」と思った瞬間にパッと撮って終わり、という感じでした。
特に設定を触るわけでもなく、感覚だけで撮っていたんです。

でも最近、露出やトーン、温かみなどを少し意識して、自分好みの世界観に寄せるようになってから、急に写真が面白くなりました。

「これこれ、この空気感。」

そう思える写真が撮れるようになってきたんです。

そして、その時に気づいたことがありました。

目次

「綺麗」の正体を見に行く

今までは、

「なんか好き。」
「なんか綺麗。」

で終わっていました。

でも最近は、

「じゃあ、自分はどこに惹かれてるんやろう?」

と考えるようになったんです。

すると面白いことに、僕が反応していたのは、景色全体ではありませんでした。

遠くの小さな光だったり、
背景の空気感だったり、
誰も気にしないような端っこの存在だったり。

自分では全体に惹かれていると思っていたのに、実際はもっと細かい部分に反応していたんです。

この感覚って、人生そのものだなと思いました。

人は「理由」を考えずに生きている

僕たちは普段、

「好き」
「嫌い」
「疲れる」
「安心する」
「惹かれる」

という感情を持ちながらも、その理由を深掘りすることって意外と少ないと思います。

でも、その「なぜ?」を掘り始めると、一気に枝分かれしていきます。

なぜその人に惹かれるのか。
なぜその空間が落ち着くのか。
なぜその働き方が苦しいのか。

そこには、

過去の経験、
憧れ、
恐怖、
理想、
劣等感、
価値観、
安心感、
美意識、

いろんなものが繋がっています。

つまり、「なんか好き」という感覚は、ただの感情ではなく、自分自身の人生観の断片なんだと思います。

写真は、自分の視点を映している

今回、写真を撮っていて面白かったのが、「目線にレンズを合わせる」という感覚でした。

自分が見ている位置で撮ると、「あ、自分はこういう風に世界を見ていたんやな」とわかるんです。

これは写真の技術というより、“視点”の話だと思いました。

同じ景色でも、人によって惹かれる場所は違う。

主役を見る人もいれば、背景を見る人もいる。
強い光に惹かれる人もいれば、静かな影に惹かれる人もいる。

つまり、人は「世界」を見ているようで、実は「自分自身の価値観」を見ているのかもしれません。

「なんか好き」は、自分を知る入口

僕は今まで、自分自身を変えようとか、成長しようとか、いろんなことを考えてきました。

でも最近は、「変える」より先に、

“自分は何に反応する人間なのか”

を観察することの方が大事なんじゃないかと思っています。

なぜなら、それがわかると、

この方向は自分に合っている。
この環境は自分を鈍らせる。
この疲労は納得感がある。
この空気感だと、自分は自然でいられる。

そんな判断ができるようになるからです。

だから僕は、「なんか好き」という感覚を、軽く扱わないようにしています。

そこには、自分の人生観が隠れている気がするからです。

サクガワトシタカ
AURA DESIGN代表
気づけば、人生の半分以上を同じ場所で過ごしていました。

そこしかないと思っていたからです。
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次