オーストラリアで音楽活動をしていた頃、僕には海外出身の相方がいました。
お互い片言。
文化も違う。
育ってきた環境も違う。
でも、音楽だけは共通言語みたいな感覚があって、一緒にステージに立っていました。
ただ、やっぱり長く一緒にいると、「違い」は見えてきます。
“当たり前”がまったく違った
海外の人と深く関わって感じたのは、
「文化の違い」というのは、
“食べ物”とか“言葉”だけじゃないということです。
もっと根深い。
「何が正しいと思っているか」
「どう生きるべきだと思っているか」
そこが、そもそも違う。
しかも厄介なのが、お互いそれを“疑っていない”ことです。
自分の中では、それが普通。
それが常識。
それが自然。
だからこそ、衝突が起きる。
僕らも、ある時大きくぶつかりました。
内容は伏せますが、僕は
「それはちょっと違うんじゃないか」
と思うことがあった。
でも当時の僕は英語が話せなかったので、日本人の友人に頼んで、僕の気持ちを英語に訳してもらい、手紙を書いて渡したんです。
今思えば、それは“理解したい”という気持ちでした。
もっと良い関係でいたかった。
限られた時間の中で、もっと一緒に音楽をやりたかった。
ただ、彼にはそう伝わらなかった。
「俺はこうやって生きてきた」
手紙を渡したあと、彼はものすごく怒りました。
「俺はこうやって生きてきた。
それの何があかんねん」
そんな空気でした。
僕は元々、感情を強くぶつけられるのが苦手なタイプです。
だから正直、かなり怖かった。
でも今振り返ると、彼からしたら当然だったのかもしれません。
僕は“改善提案”のつもりだった。
でも彼からすると、
「自分の人生そのものを否定された」
そんな感覚だったんだと思います。
文化が違う。
価値観も違う。
何を大切にして生きてきたかも違う。
だから、“正しさ”だけでは埋まらない距離がある。
僕はその時、それを痛感しました。
それでも、一緒に音楽をやりたかった
彼はワーホリで来ていました。
だから、一緒にいられる時間には限りがありました。
このまま帰国してしまうかもしれない。
そう思った時、僕は
「このまま終わるのは嫌だ」
と思ったんです。
だから謝りました。
彼も許してくれました。
でも、完全に元通りではなかった。
少しぎくしゃくした空気。
少し残る距離感。
でも、それでも僕らはステージに立ち続けました。
最後のライブで、僕は言葉を失った
そして迎えた、最後のライブ。
「二人で活動するのは、これが最後」
そうわかっていたステージでした。
ライブ中、僕は感極まってしまった。
言葉が詰まったんです。
歌詞が飛んだ。
頭が真っ白になった。
本来なら、一番空気が止まる瞬間です。
しかも僕らは、言葉の壁もある。
過去に衝突もしている。
でも、その瞬間でした。
彼がパッと前に出たんです。
そして、そのままフリースタイルで場を繋いだ。
自然に。
何事もなかったかのように。
最後に通じ合ったのは、“言葉”じゃなかった
あの瞬間、僕は思いました。
「ああ、この人、わかってくれてたんだな」って。
僕らは最後まで、全部を理解し合えたわけじゃない。
価値観も違った。
考え方も違った。
ぶつかったこともあった。
でも、
“理解しようとした痕跡”
だけは、お互いに残っていた。
だから最後、言葉を超えて動けたんだと思います。
人って、同じ意見だから繋がるわけじゃない。
むしろ、
- ぶつかった
- わかり合えなかった
- 距離ができた
- それでも向き合おうとした
そういう関係の方が、深く繋がることもある。
最後に彼が僕を救ったのは、
単なるライブのフォローじゃなかった。
あれはきっと、
「お前の気持ちはわかってる」
という、彼なりの返答だったんだと思います。
言葉ではなく。
音楽で。


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