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復讐ではなく、「再構築」として生きるという選択

昔の僕は、どこかで思っていました。

「見返してやりたい」と。

過去の出来事や、環境、人との関係。
うまくいかなかったことや、悔しかったことに対して、
どこかで“復讐”に近い感情があったと思います。


目次

原動力としての「見返したい」

正直に言うと、その感情に助けられた部分もあります。

悔しさや劣等感が、行動する理由になっていた。

  • 負けたくない
  • 認めさせたい

そういう気持ちで、動いていた時期がありました。


でも、それだけでは続かない

ただ、その状態は長く続きませんでした。

何かを達成しても、満たされる感覚がない。

むしろ、

  • まだ足りない
  • もっとやらないと

そうやって、終わりが見えなくなっていきました。


ある時、違和感に気づいた

ある時、ふと思いました。

「これって、誰のためにやっているんだろう」

見返したい相手がいる限り、自分の軸はそこに引っ張られる。

その状態だと、どれだけ進んでも、どこかで縛られたままになる。


再構築という考え方

そこで、見方が少し変わりました。

過去に対して、

「どうやって勝つか」ではなく、
「どうやって使うか」

そう考えるようになった。

悔しかった経験も、うまくいかなかったことも、
それを材料にして、自分を作り直す。

それが、自分にとっての“再構築”でした。


向かう方向が変わる

復讐は、過去に向かう感覚があります。

でも再構築は、未来に向かう感覚がある。

同じ出来事でも、

  • 「あの時のせいで」
  • 「あの時があったから」

この違いで、進む方向が変わる。


最後に

過去をどう扱うかは、自分で決めることができます。

復讐として使うのか。
再構築の材料として使うのか。

僕は後者を選びました。

まだ途中ですが、
少なくとも今は、前に進めている感覚があります。

サクガワトシタカ
AURA DESIGN代表
気づけば、人生の半分以上を同じ場所で過ごしていました。

そこしかないと思っていたからです。
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