これ、昔からできていたわけじゃないんです。
むしろ僕は、
30代に入ってから、
かなり感情に飲まれていた時期があったと思います。
父親が亡くなったこともそうですし、
仕事や責任、
人間関係、
いろんな経験を通して、
「もっとちゃんとしないと」
「人を理解できる人間になりたい」
「相手を大事にしたい」
そう思うようになっていった。
そこから、
本を読んだり、
自己啓発やビジネスを学んだり、
いろんなことを吸収していったんですが、
今振り返ると、
その頃の僕って、
“相手を考えすぎていた”んですよね。
優しさのつもりが、自分を見失っていた
相手が何を求めているのか。
どうしたら喜んでくれるのか。
どう接したら嫌われないのか。
そういうことを、
ずっと考えていた。
もちろん、
それ自体は悪いことじゃないと思うんです。
でも、
相手を理解しようとしすぎた結果、
どんどん自分がブレていった。
優しさのつもりが、
いつの間にか、
“自分を後回しにすること”
になっていた。
だから、
感情にもかなり飲まれていました。
相手の反応で不安になる。
距離感で悩む。
承認を求める。
わかってほしくなる。
感情が出るたびに、
そのまま引っ張られていた感覚があります。
でも最近、少し距離を取れるようになってきた
ただ最近、
そこが変わってきた感覚があるんですよね。
別に、
感情がなくなったわけじゃない。
普通に寂しい日もあるし、
承認欲求が出る時もある。
でも、
その瞬間に全部を相手にぶつけなくなった。
今は、
「あ、今こういう状態なんやな」
って、
一回自分を見れる感覚がある。
これを“メタ認知”って言うと、
ちょっと難しく聞こえるんですが、
僕の中では、
「感情の自分」と
「それを見てる自分」
がいる感覚に近いです。
最近は、感情的な自分をちょっと可愛く思える
しかも面白いのが、
最近は、
感情的な自分を、
ちょっと可愛く見れる瞬間があるんですよね。笑
「あー、また不安になってるやん笑」
みたいな。
昔は、
感情が出るたびに、
「こんなんじゃダメや」
って、
自分を責めていた。
でも今は、
否定するというより、
観察できる。
すると、
感情との戦闘が減る。
自己需要が満たされると、人間関係が自然になる
これって結局、
自己需要が少し満たされてきたことも大きいと思います。
前は、
どこかで、
「埋めてほしい」
が強かった。
だから、
重くなっていた部分もあったと思う。
でも、
自分の感情を、
ある程度自分で受け止められるようになると、
相手に全部を求めなくなる。
すると、
距離感が自然になる。
無理に繋がろうとしなくなるし、
逆に関係もうまくいく。
強くなったというより、ブレにくくなった
最近の自分を表現するなら、
「強くなった」
というより、
「ブレにくくなった」
のほうが近い気がしています。
感情は普通にある。
むしろ敏感なほうだと思う。
ただ、
感情の運転席に、
ずっと座らなくなった。
多分、
生きやすさって、
感情を消すことじゃなくて、
“感情を見失わないまま、少し距離を取れること”
なんだと思います。


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