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わかったつもりで話されるのが苦手になった

最近、何か会話をしていて思うことがあります。

それは、
「わかったつもり」で話されることが、すごく苦手になったということです。

もちろん、相手に悪気がないこともわかっています。

でも、まだ何も話していないのに、

「はいはい、そういうことね」
「つまり〇〇ってことやろ?」
「あなたってこういうタイプですよね」

みたいに、“理解した前提”で会話を進められると、すごく違和感を感じるようになりました。

目次

人は「理解」より「処理」をしていることがある

昔の僕は、そこまで気になっていませんでした。

でも最近は、
「この人、理解しようとしてるんじゃなくて、処理しようとしてるな」
と感じることがあります。

人を理解するって、本当はすごくエネルギーが必要です。

  • 相手の話を聞く
  • 前提を確認する
  • 感情を想像する
  • 矛盾も含めて受け取る
  • すぐに答えを出さない

こういう余白が必要になる。

でも、人は余裕がない時ほど、
無意識に“処理”を始めます。

「この人はこういう人」
「つまりこういうこと」
「はい、理解しました」

と、早く結論を出そうとする。

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。

脳の省エネとしては自然なことだと思います。

でも、そればかりになると、
相手を“見ている”というより、
“分類している”状態になってしまう気がするんです。

本当に理解力がある人ほど、断定しない

最近感じるのは、
本当に理解力のある人ほど、決めつけないということです。

むしろ、

「こういう理解で合ってます?」
「まだ全部はわかってないかもしれないですけど」
「もっと奥に理由ありそうですね」

みたいに、“余白”を残して話す。

人間って、そんな簡単に理解し切れるものじゃないことを知っているからだと思います。

逆に、自信満々に断定してくる人ほど、
実は理解ではなく、“ラベリング”をしているだけのこともある。

最近は、その違いにかなり敏感になりました。

でも、自分も気をつけないといけない

ただ、これは相手だけの話ではないと思っています。

僕自身も、発信をしている側ですし、
人とコミュニケーションを取る側でもあります。

だからこそ、
自分も「わかったつもり」で話してしまわないように気をつけたい。

特に発信って、
自分の経験や価値観が強くなるほど、
無意識に“決めつけ”になりやすい。

だから最近は、

  • 決めつけない
  • 断定しすぎない
  • 相手の前提を想像する
  • 「自分はこう思う」という形で話す

ということを意識しています。

ただ、全員に丁寧すぎる必要もない

とはいえ、
全員に100%丁寧でい続ける必要もないと思っています。

昔の僕は、
相手に合わせすぎて、自分を削っていました。

だから今は、

「ちゃんと向き合いたい人」
「距離を取った方がいい人」

を少しずつ分けるようになりました。

距離を取りたい相手には、
あえて雑に接することもあります。

でもそれは、
無意識の雑さではなく、
“距離感の調整”なんだと思っています。

人をちゃんと見ようとすると、会話は雑にできなくなる

結局、
人をちゃんと見ようとすればするほど、
会話って雑にできなくなるんですよね。

言葉一つで、
相手の受け取り方は変わる。

同じ言葉でも、
人によって意味が違う。

だからこそ、
「わかったつもり」で進めるのではなく、

“理解しようとする姿勢”

そのものが、
これからの時代、すごく大事なんじゃないかなと思っています。

サクガワトシタカ
AURA DESIGN代表
気づけば、人生の半分以上を同じ場所で過ごしていました。

そこしかないと思っていたからです。
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