「もっと早く気づけていたら。」
そう思ったことは、何回もあります。
もっと若い頃に、自分に合う生き方を選べていたら。
もっと早く、人に合わせすぎなくてよかったと気づけていたら。
もっと早く、本当に大事なものを理解できていたら。
そう思うことは、正直あります。
でも最近は、
「自分にはこのタイミングだったんだろうな」
と思えるようになってきました。
昔は、ずっと比較していた
以前の僕は、
- 都会で働いている人
- 海外で事業をしている人
- 成功している人
- 影響力のある人
を見るたびに、
「自分は全然ダメだな」
と思っていました。
でも今振り返ると、
僕は“表面的な部分”しか見えていなかったんですよね。
結果。
肩書き。
収入。
キラキラして見える部分。
そこだけを見て、
勝手に比較して、
勝手に落ち込んでいました。
でも、色々経験して、
色々考えるようになってから、
少しずつ見え方が変わってきました。
どんな生き方にも、裏側がある
例えば、有名になること。
もちろん魅力もあると思います。
でもその裏には、
- 常に見られること
- プライベートが減ること
- 気軽に外を歩けなくなること
- 誤解されること
- 期待を背負うこと
もあると思います。
お金を稼ぐこともそうです。
自由が増える反面、
責任も増える。
影響力が増える反面、
気を抜ける場所は減る。
だから最近は、
「それ、本当に自分は欲しいのか?」
という問いが立つようになりました。
これは負け惜しみではなくて、
“代償込みで人生を見る感覚”
に近いと思っています。
幸福度って、「どんなリスクなら受け入れられるか」だと思う
最近思うのは、
幸福度とか納得感って、
「何を手に入れたか」だけではなく、
“自分はどんなリスクなら受け入れられるのか”
なんじゃないかなということです。
- 孤独を受け入れて挑戦する人
- 安定を選んで平穏を守る人
- 批判を受けながら表現する人
- 家族のために自由を減らす人
みんな、それぞれ違う。
だから、
正解は一つじゃない。
大事なのは、
「自分はどんな人生なら納得できるのか」
なんだと思います。
欲しいものより、「本当に必要なのか」を考えるようになった
最近、あるカメラを買うか悩んでいました。
昔の自分なら、
勢いで買っていたかもしれません。
でも今回は途中で、
「自分は、本当にそこまで欲しいのか?」
という感覚が出てきました。
今でももちろん魅力は感じています。
でも、
“今の自分の人生を前に進めるほど必要か”
と言われると、そこまでではなかった。
だから止まれました。
これは我慢というより、
「欲しい」だけではなく、
“自分にとって本当に必要なのか”
を考えられるようになった感覚でした。
「もっと早くこうなれていたら」と思うことはある。でも、今が一番楽しい
もちろん、
もっと早く気づけていたらと思うことはあります。
世の中には、
幼少期から自然に自分の軸を持っている人もいます。
最初から自分に合う道を選べる人もいます。
正直、羨ましいと思うこともあります。
でも、
だからといって、
過去に戻りたいとは全く思いません。
むしろ今が一番楽しいです。
昔よりも、
自分の感覚がわかるようになってきて、
無理を減らせるようになって、
比較もしにくくなってきました。
だから、
「もっとこういう自分でいられたらよかったな」
という気持ちがゼロではない、
というだけなんですよね。
でもその感情も、
今はかなり小さいです。
それよりも、
「今の自分、結構好きやな」
と思える感覚の方が強い。
そして、
そう思えるようになったということ自体が、
自分にとっての成長なんだと思っています。
人生は一回きり。でも、今が一番若い
遠回りしたからこそ、
見えたものもあると思っています。
苦しかったこと。
無理していたこと。
合わせすぎていたこと。
違和感を抱えながら生きていたこと。
そういう経験があったからこそ、
今の感覚がある気もしています。
人生は一回きりです。
やり直しがきくとしても、
結局、「今」しかありません。
そして、
今この瞬間が、
人生で一番若い。
だから最近は、
「もっと早く」よりも、
“今からどう生きたいのか”
を大事にしたいと思っています。
そして僕は、
遅かったけど、
これが自分のタイミングだったんだろうなと、
今はちゃんと納得しています。


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