「わかりやすい面白さ」が好きだった頃
昔の僕は、とにかく“わかりやすい面白さ”が好きでした。
お笑い番組を見て、腹を抱えて笑って、「おもろっ!」ってなるあの感覚。
テンポが速くて、勢いがあって、何も考えずに笑える。
もちろん、今でもそういう笑いは大好きです。
でも最近、自分の中で少し変化を感じるようになりました。
それは、
「ただ笑えるだけでは、どこか満たされなくなってきた」
という感覚です。
笑ったあとに“何かが残る”ものに惹かれるようになった
もちろん、笑いは最高です。
しんどい時に救われることもあるし、嫌なことを忘れさせてくれる力もある。
でも今の僕は、笑ったあとに“何かが残るもの”に惹かれるようになってきました。
例えば、
- 「なんかあの一言、ずっと心に残ってるな」
- 「笑ったのに、あとからじわじわ考えてしまうな」
みたいな感覚です。
ただ消費して終わる面白さではなく、人生に染み込んでくるような面白さ。
最近は、そういうものにすごく惹かれます。
深い話だけでは、人は苦しくなる
でも面白いのが、だからといって“深い話だけ”を求めているわけではないんですよね。
むしろ逆です。
深みのあるものばかり触れていると、人って少し重たくなる。
考えすぎたり、内側に入りすぎたり。
だからこそ、腹から笑える時間も必要なんです。
僕の中では今、
「深みのあるものが、自分の人生を支えている」
感覚があって、
「腹から笑えるものが、自分を軽くしてくれている」
そんなバランスなんですよね。
人生には“深さ”と“遊び”の両方が必要
これって、人生そのものに近い気がしています。
人はずっと真面目では生きられない。
でも、ずっと軽いだけでも、どこか空っぽになっていく。
だから本当に大事なのは、“深さ”と“遊び”の両方なんだと思います。
深い話ができる人なのに、ちゃんと笑える。
たくさん考えている人なのに、どこか抜け感がある。
最近、自分が魅力を感じる人って、そういう人ばかりです。
年齢とともに変わってきた“面白さ”の感覚
たぶん僕自身も、そういうバランスを求める年齢になってきたんでしょうね。
昔みたいに、ただ刺激を追いかけるだけではなく、
「これは自分の人生に何を残してくれるんだろう」
そんなことを自然と考えるようになりました。
でもだからこそ、何も考えずに笑える時間も、昔以上に大切に感じています。
深さだけでは苦しくなる。
だから人は、笑うんだと思います。


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