昔の僕は、
「自分がちゃんとしていれば、どこで誰に出会っても評価は変わらない」と思っていました。
本質が大事。
中身が大事。
それは今でも間違っていないと思っています。
でも最近、ブログを書いていて、少し考え方が変わりました。
検索クエリから自分の記事が表示されるようになってきて、
「人はどんな入口から自分を知ったのか」で、見え方がかなり変わるんだと実感したからです。
同じ自分でも、出会い方で印象は変わる
たとえば、昔からの友達が見る僕。
「最近コーチングやってるらしい」
「昔から知ってる人」
「こういう性格の人」
そういう過去の印象やラベルを通して見られることが多いと思います。
でも、検索から来る人は違います。
「ずっと焦りが消えない」
「考えすぎて動けない」
「自分を責め続けてしまう」
「誰にも理解されない気がする」
そういう悩みを抱えながら、自分で検索してたどり着いている。
つまり、その人は最初から“僕を見に来ている”わけじゃないんです。
“自分を救うヒント”を探している。
だからこそ、その入口で触れた言葉が、そのまま僕という人間の印象になる。
これって、人間関係も同じだなと思いました。
人は「相手そのもの」を見ているとは限らない
昔の僕は、
理解されなかった時に、
「自分が悪い」
「自分がおかしい」
「もっと変わらないといけない」
と考えすぎていた時期がありました。
でも今は、
人の評価って、自分だけで決まるものではないと思っています。
相手が、
- どんなタイミングで
- どんな精神状態で
- どんな入口から
- どんな期待を持って
こちらを見たのか。
それによって、同じ言葉でも受け取り方は変わる。
苦しい時に読んだ言葉と、
余裕がある時に読んだ言葉では、響き方が違う。
嫌いな人に言われた言葉と、
信頼している人に言われた言葉でも、全然違う。
だから、人は必ずしも“その人自身”を見ているわけではないんですよね。
「人の言うことを気にしないでいい」は、逃げではない
よく、
「人の言うことなんて気にしなくていい」
って言葉があります。
昔は、少し乱暴な言葉にも聞こえていました。
でも今は、その意味が少しわかる気がしています。
これは、
「周りを無視しろ」という話ではなくて、
“人の評価には、その人側の事情や見え方も含まれている”
ということなんだと思います。
もちろん、自分を改善することは大事です。
でも、真面目な人ほど、
伝わらなかった理由を全部自分のせいにしてしまう。
相手の余裕。
タイミング。
関係性。
文脈。
入口。
そういうものまで含めて、自分を否定してしまう。
だからこそ、一度立ち止まってほしいんです。
自分を壊すほど否定する前に
もし今、
誰かに理解されなかったり、
うまく伝わらなかったりして苦しんでいるなら。
「自分が全部悪い」と結論を出す前に、
少しだけ考えてみてほしいです。
その人は、どんな状態であなたを見ていたのか。
どんな入口からあなたを知ったのか。
本当に、“あなたそのもの”を見た上での評価だったのか。
もちろん、自分を見直すことは大切です。
でも、自分を壊すほど否定する必要はない。
人の見え方には、構造がある。
最近の僕は、そう思っています。


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