最近、改めて思うことがあります。
人って、「考え方」が崩れた時、
すぐに“人生そのものが間違っている”と思いやすい。
でも実際は、原因がまったく別の場所にあることも多いんですよね。
例えば僕自身も、
「なんか全部ズレている気がする」
「方向性が間違っている気がする」
「進めていない気がする」
そう感じて苦しくなる時があります。
でも、後から振り返ると、だいたいそういう時って、
ただ疲れていただけ。
本当にこれが多いです。
人は疲れると、認知が歪む
寝不足が続いていたり、
ずっと考え続けていたり、
情報量が多すぎたり。
そういう状態になると、人は視野が狭くなります。
すると、本来は問題じゃないことまで問題に見えてくる。
ちゃんと進んでいるのに、
進んでいない気がする。
積み上がっているのに、
全部無意味に思えてくる。
冷静なら修正できることも、
「もうダメだ」と極端に考えてしまう。
でも実際は、思考が間違っているというより、
脳が疲弊していただけだったりする。
「首のこりは腰から来ている」みたいな感覚
これって、身体にも似ているなと思っています。
例えば、
首が痛いから首を揉み続けても、
原因は腰や姿勢にあったりする。
問題が起きている場所と、
本当の原因が違う。
人生や思考も、たぶん同じです。
「やる気がない」のではなく、
休めていないだけかもしれない。
「才能がない」のではなく、
処理量オーバーで脳が止まっているだけかもしれない。
「方向性がズレている」のではなく、
疲労で俯瞰できなくなっているだけかもしれない。
でも苦しい時って、
どうしても“今見えている問題”を本質だと思ってしまうんですよね。
だから、俯瞰する時間が必要になる
僕は最近、
俯瞰することと、
目の前のことをこなすことを、
行ったり来たりする感覚が大事だと思っています。
目の前だけを見ると、
人は消耗していく。
逆に俯瞰だけしていても、
現実は進まない。
だから、
「今の不安は本当に構造の問題なのか?」
「ただ疲れているだけではないか?」
そうやって、一歩引いて見る時間が必要なんだと思います。
思考を守るには、身体も大事
昔の僕は、
苦しくなるたびに、
「考え方を変えなければ」と思っていました。
でも今は、
まず寝る。
休む。
身体を整える。
そういうことの方が大事な時もあると感じています。
結局、人の思考って、
完全に精神だけで動いているわけじゃない。
身体にもかなり影響される。
だからこそ、
思考が崩れた時ほど、
「本当の原因は別の場所にないか?」
そう考えてみることも、
大切なんじゃないかなと思っています。


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