昔の僕は、
完全に“仕事に縛られている側”でした。
決められた時間に行って、
決められたことをやって、
終わったら帰る。
その繰り返し。
それが当たり前だと思っていましたし、
疑問を持つこともありませんでした。
目次
仕事が生活の中心だった
気づけば、
仕事がすべての基準になっていました。
予定も、時間も、
考え方も、
仕事に合わせて決まる。
それ以外は、
その隙間に入るもの。
そんな感覚でした。
少しずつズレてきた感覚
でもある時から、
少しずつ違和感が出てきました。
「これ、本当に自分で選んでるのか」
やっていること自体は同じでも、
その捉え方が変わってきた。
“仕事”という枠で見なくなった
そこから、
一つ意識を変えました。
仕事として見るのではなく、
自分が何をしているのかで見るようにした。
- 何を作っているのか
- 何に価値を出しているのか
- どういう状態でやっているのか
そうやって見ていくと、
少しずつ感覚が変わっていきました。
同じことでも、意味が変わる
やっていること自体は、
大きく変わっていません。
でも、
「やらされている」のか、
「自分でやっている」のか。
この違いだけで、
感じ方は大きく変わる。
縛られていたのは“捉え方”だった
今振り返ると、
縛られていたのは環境だけではなくて、
自分の捉え方だったと思います。
仕事だから仕方ない。
やらないといけない。
そう思っている限り、
どこにいても同じ状態になる。
最後に
今も仕事はしています。
環境も、
完全に自由になったわけではありません。
でも一つ違うのは、
仕事に使われている感覚がないということです。
同じことをしていても、
どう捉えるかで、
ここまで変わるんだと思いました。
だから今は、
何をやるかよりも、
どういう感覚でやるかを大事にしています。


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