昔の僕は、しんどいことに対して、ずっとこう思っていました。
「なんでこんなことしないといけないんだろう」
「しんどいな」
「できればやりたくない」
普通の感覚だと思います。
でもある時から、少しずつ変わっていきました。
きっかけは“避けられない状況”
自転車での通勤です。
雨でも、風でも、雷でも、行くしかない。
「今日はやめよう」が通用しない状況でした。
最初は、当然しんどいです。
でも、それが続いていくと、ある変化が起きました。
しんどさに“反応しなくなる”
気づいたら、
「しんどい」という感覚に対して、いちいち反応しなくなっていました。
しんどいのは事実なんですが、それに対して何も考えなくなる。
「しんどい → だからやらない」ではなく、
「しんどい → でもやる」
この間にあった“迷い”が、少しずつ消えていきました。
捉え方が変わると、負担も変わる
ここで一つ分かったことがあります。
同じ出来事でも、捉え方で負担は変わるということです。
「しんどいこと」として捉え続ければ、ずっとしんどいままです。
でも、
「やるもの」として捉えると、余計なストレスが減る。
やるかやらないかを考え続ける方が、実はしんどかった。
しんどさを“使う”という考え方
ここからもう一つ、大きく変わった視点があります。
それは、
**「この経験は何に使えるのか」**と考えることです。
例えば、あの自転車通勤。
ただのしんどい経験として捉えることもできる。
でも僕は途中から、こう考えるようになりました。
「これはタフさを鍛える練習なんだ」
そう思うと、不思議なことに、同じ状況でも感じ方が変わってきました。
雨の日も、風の日も、雷の日も、
「最悪だな」ではなく、「また一つ積めるな」という感覚に変わる。
意味を持たせると、耐えられる
人は、意味のない苦しさには弱いですが、
意味があると感じた瞬間に、耐えられるようになります。
- 無意味なしんどさ
- 意味のある負荷
この違いは大きい。
ノウハウはシンプル
この経験から、一つだけ意識するようになりました。
“意味を自分でつける”
- これは何の練習か
- この経験はどこで使えるか
- これを乗り越えたら何が残るか
これを考えるだけで、同じ出来事の価値は変わります。
最後に
しんどいことをなくすことは、正直難しいと思います。
でも、そのしんどさをどう使うかは選べる。
ただ消耗するだけなのか、
それとも何かを積み上げるのか。
その違いは、捉え方で変わります。
僕はあの経験を、タフさを作る時間として使いました。
あなたなら、どう使いますか?


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