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腑に落ちた瞬間、人は一番「上から目線」になりやすい。

最近、発信について思うことがあります。

人に価値提供をしようと思った時って、まず大前提として、自分の中でちゃんと「腑に落ちていること」が大事だと思うんです。

実際、僕も昔は、学んだことをそのままアウトプットしていました。

でも今振り返ると、あれは「理解した気になっていただけ」でした。

誰かの言葉に共感して、
「それが正解なんや」と思って、
そのまま発信していた。

でも、自分の人生を通して、
失敗したり、
違和感を感じたり、
「これは違うな」と思ったり、
実際に苦しんだりして、

それでも最後に残ったもの。

今は、そういうものを発信している感覚があります。

だから昔より、言葉に重みが出た気がしています。

目次

でも、ここに落とし穴がある。

それは、「腑に落ちた瞬間」って、めちゃくちゃ熱量が高いということです。

特に長く悩んでいた人ほど、

「うわ、そういうことやったんか」
「これ、もっと早く気づきたかった」

ってなる。

すると、その感覚を誰かに伝えたくなる。

でも、その熱量が強すぎると、無意識に上から目線になってしまうんですよね。

  • 「なんで気づかないの?」
  • 「それ違うのに」
  • 「こうした方がいい」

そんな圧が乗ってしまう。

僕も過去にそれをやってしまったことがあります。

北風と太陽の話って、すごく本質なんだと思う。

有名な「北風と太陽」の話がありますよね。

北風は、強い風で無理やり旅人のコートを脱がそうとした。

でも旅人は、むしろ強くコートを握りしめた。

一方で太陽は、ただ暖かく照らした。

すると旅人は、自分からコートを脱いだ。

これって、人間関係や発信でも同じなんだと思うんです。

人は、強く変えようとされると、防御する。

どれだけ正しいことを言っていても、
圧を感じた瞬間に閉じてしまう。

でも、

  • 自分も迷った
  • 自分も苦しかった
  • 自分も失敗した
  • まだ途中

そういう温度がある言葉って、不思議と入ってくる。

本当に難しいのは、「気づいた後」だった。

最近思うのは、

「腑に落とすこと」より、
「それをどう相手に渡すか」

こっちの方が難しい。

ただ正論を伝えるだけなら簡単です。

でも、本当に価値提供になるのって、

「相手を変えようとすること」ではなく、
「相手が自分で気づける状態を作ること」

なんじゃないかなと思っています。

発信は、「正しさの押し売り」ではない。

自分でちゃんと経験して、
悩んで、
迷って、
違和感を通って、
それでも残ったものを、

相手に飲み込みやすい形で渡す。

これって、ちょっと料理に似ていると思うんです。

有名な店を紹介するだけじゃなくて、
自分で食べて、
「これは本当に美味しいな」と思ったものを、
大切な人に連れて行く感覚。

発信も同じで、

「これが正しい」
ではなく、

「自分はこう感じた」

という形で渡した方が、
人には届くのかもしれません。

だから今、一番大事だと思っていること。

ただ学ぶだけじゃなく、
ただ腑に落とすだけじゃなく、

“上から目線になってしまう自分”まで理解すること。

そして、
北風ではなく、
太陽のように届けること。

それができた時、
初めて「人に届く言葉」になるんじゃないかなと思っています。

サクガワトシタカ
AURA DESIGN代表
気づけば、人生の半分以上を同じ場所で過ごしていました。

そこしかないと思っていたからです。
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