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メンタルに「強い・弱い」なんてない。あるのは、自分を扱う「器用さ」と、戦略的な「不真面目さ」だ。

「自分はメンタルが弱いから、この仕事には向いていない」

「もっと強くならなければ、この先やっていけない」

もしあなたがそうやって自分を責めているのなら、まずはその「強い・弱い」という物差しを、一度捨ててみてください。

実は、メンタルに「強い・弱い」なんて存在しません。

人間である以上、刺激を受ければ誰だって傷つくし、揺らぎます。みんな、元々は弱いんです。

では、世の中で「メンタルが強い」と言われる人と、そうでない人の差はどこにあるのか。

それは、根性の有無ではありません。

自分という装置を扱う「器用さ」の違いです。


目次

メンタルの正体は、1本の「細い糸」である

メンタルを「強固な壁」のようなものだとイメージしていませんか?

でも、壁だと思ってしまうと、ヒビが入った時に「自分は壊れてしまった」「もうダメだ」と感じてしまいます。

そうではなく、メンタルを「1本の細い糸」だと定義し直してみてください。

その糸は、自分の神経そのものです。

外からの言葉、空気感、人間関係、期待、プレッシャー。そういった刺激が、その糸に常にぶら下がっています。

人生で起きる出来事を、その糸にぶら下がる「荷物」だとすると、不器用な人は、その荷物を全部、真正面から支えようとしてしまいます。

真面目な人ほど、逃げずに、誠実に、全部を受け止めようとする。

でも、それを続けると、どれだけ立派な糸でも、いつかは切れてしまいます。


昔の僕は、「全部受け止める側」の人間だった

父が亡くなった後、僕は自己啓発セミナーやビジネスセミナーに通い、本もたくさん読みました。

その中で、

「人のために生きよう」
「世の中を良くしたい」

そんな想いを、本気で抱いていた時期があります。

今思えば、少し理想に酔っていた部分もあったのかもしれません。

でも当時の僕は、本気でした。

だからこそ、自分なりに真剣に考え、真剣に行動していました。

しかし、そんな時に返ってきた言葉が、

「勘違いやろ」

みたいな言葉だったんです。

今なら笑えます。

「あー、確かに勘違いやな(笑)」って返せます。

でも、当時は違いました。

本気でやっていたからこそ、深く刺さったんです。

その時期は、そういう否定的な言葉が重なる時期でもありました。

その結果、自分の存在そのものを否定されたような感覚になって、

「自分なんて、別に存在しなくてもいいんじゃないか」

そこまで落ちた時期もありました。

さらに、過去に色々と言われ続けた結果、僕は2回、ストレス性腸炎で病院に行っています。

つまり、精神論ではなく、身体が先に限界を迎えていたんです。


「真面目」という名の不器用さ

今振り返ると、当時の僕はとにかく不器用でした。

飛んできた言葉を、全部真正面から受け止めていた。

理解されようとしていた。

嫌われないようにしていた。

ちゃんとしようとしていた。

「いい人」でいようとしていた。

でも、それって結局、自分の糸を張り詰め続ける生き方だったんですよね。

少しの衝撃でも切れてしまうぐらいに。

一方で、世の中には「適当にかわす」のが上手い人がいます。

核心をズラしたり、流したり、冗談に変えたり、距離を取ったりする人です。

昔の僕は、そういう人を見て、

「不真面目だな」
「ちゃんと向き合っていないな」

と思っていました。

でも今ならわかります。

あれは「逃げ」ではなく、自分を守るための高度な技術だったんです。


「人は人、僕は僕」でいい

今の僕は、昔ほど全部を受け止めません。

「人は人、僕は僕」

そうやって区切れるようになりました。

そして、

「自分を大切にしてくれる人を、自分も大切にする」

という感覚に変わりました。

これは冷たくなったわけではありません。

むしろ逆です。

全部を救おうとして、自分が壊れてしまうよりも、自分の糸を守りながら、本当に大切な人にエネルギーを使う。

その方が、結果的に長く、優しく在れるんですよね。

だから今は、嫌な言葉が飛んできても、昔より軽やかにかわせます。

真正面から全部受け止めなくてもいい。

受け流してもいい。

知らないふりをしてもいい。

距離を取ってもいい。

それを覚えてから、人生がかなり楽になりました。


「変われない」ではなく、「上達できる」

「メンタルが弱い」は、性格の問題ではありません。

単に、自分という繊細な糸を扱う技術が、まだ少し不器用なだけかもしれません。

そして、技術である以上、後からいくらでも磨くことができます。

どの言葉を受け取り、どの言葉を受け流すのか。

どうすれば糸を張りすぎず、適度な“遊び”を持たせられるのか。

コーチングとは、まさにこの「自分を乗りこなす技術」を身につけるためのトレーニングなのだと思っています。


結論:自分を大切に扱う「職人」になろう

「強く」なる必要なんてありません。

大切なのは、自分が持っている細くて繊細な糸を、いかに美しく、長く使い続けるかです。

世間が求める「真面目な自分」という呪縛を少し緩めて、もっと器用に、もっと戦略的に“不真面目”に生きてみてもいい。

あなたの糸は、ちゃんと扱えば、簡単には切れません。

そして、その糸はきっと、あなたにしか出せない音を奏でてくれるはずです。

サクガワトシタカ
AURA DESIGN代表
気づけば、人生の半分以上を同じ場所で過ごしていました。

そこしかないと思っていたからです。
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