「人の痛みを理解したい」と本気で思っていた頃
昔の僕は、「人の痛みを理解したい」と本気で思っていました。
表面的な「わかるよ」ではなく、本当にその人の苦しさや孤独を理解したかった。
だから僕は、あえて自分の傷を閉じないようにしていた時期があります。
20代の頃、僕は弾き語りやラップなど、音楽活動をしていました。
オリジナル曲はそこまで多くありませんでしたが、弾き語りをして涙してくれる人がいたり、ラップで会場が盛り上がったり、「ありがとう」と言ってもらえることもありました。
あの頃の僕は、「感情の温度」を何より大切にしていました。
“理解するために傷を残す”という生き方
当時の僕は、人の痛みを理解するためには、自分もその感情を持ち続けていなければいけないと思っていました。
だから、何か苦しいことや傷つく出来事があっても、すぐに消化しようとはしませんでした。
「どうすれば解決できるか」を考えるよりも、あえてその感情を残していたんです。
その理由は単純でした。
同じように苦しんでいる人が現れた時に、誰よりも気持ちが乗った言葉を届けられると思っていたからです。
実際、その感覚が音楽や言葉に深みを与えていた部分もあったと思います。
でも今振り返ると、あの生き方は少し重たかったなと思います。
優しさと引き換えに、自分を削っていた
当時の僕は、それを「優しさ」だと思っていました。
でも実際には、ずっと傷口の近くに居続けるような生き方でもありました。
感情を開いたまま生きるということは、人の痛みも、自分の痛みも、全部まともに受け取ってしまうということです。
だから正直、しんどかったです。
優しさがないとできないことだったと思います。
でも、その状態を何年も続けるのは簡単ではありませんでした。
どれだけ人のためを思っていても、自分自身が消耗し続けてしまえば、長く人を支えることはできません。
マーケティングに出会って、僕の考え方は変わった
そんな僕が大きく変わったきっかけの一つが、「マーケティング」でした。
マーケティングと聞くと、テクニックや売り込みのイメージを持つ人も多いかもしれません。
でも僕にとっては違いました。
- 人にどう届けるか
- どんな距離感なら伝わるのか
- 自分を壊さずに継続するにはどうすればいいのか
そういった“構造”を学ぶきっかけになったんです。
そこで初めて気づきました。
「感情だけでは、人を支え続けることはできない」
ということに。
心にも“TPO”が必要だった
昔の僕は、常に深く共感しようとしていました。
でも今は違います。
普段は穏やかに、自分自身の人生をちゃんと生きる。
そして、本当に必要な時だけ、その人の感情に深く寄り添う。
そういう距離感が大事なんだと思えるようになりました。
僕はこれを、勝手に「心のTPO」と呼んでいます。
いつでも全力で感情を開いていたら、自分自身が壊れてしまう。
でも逆に、感情を完全に閉じてしまえば、人の痛みは理解できなくなる。
だから大事なのは、“必要な時に降りていけること”なのだと思います。
「通過した人」の言葉は、きっと届く
今でも、あの頃の経験が無駄だったとは思っていません。
むしろ、あの時本気で悩み、本気で感情と向き合ったからこそ、今の僕の言葉には深みが残っているのだと思います。
ただ、今はもう「傷を抱え続けること」が優しさだとは思っていません。
本当に大切なのは、
「自分を守りながら、それでも人に寄り添えること」
なのだと思います。
感情は大事です。
でも、感情だけでは人を支え続けることはできない。
だからこそ今は、感情と構造、その両方を大切にしながら、人と向き合っていきたいと思っています。


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