昔から、人の悩み相談を受けることが結構ありました。
でも、自分の中では正直、
「優しくしている」
という感覚があまりないんですよね。笑
むしろ感覚としては、
「この人は、なぜこう感じているんだろう」
っていうのを、ずっと整理している感じなんです。
「わかってもらえた」は、優しさとして伝わる
でも、不思議なことに、相手からは、
- 優しい
- 話しやすい
- 安心する
- なんか気持ちが軽くなった
みたいに言われることがある。
最初は、自分の中で結構不思議でした。
なぜなら、自分は感情的に寄り添っているというより、
「頭の中を整理している」
感覚の方が強かったから。
でも最近思うんです。
人って、
“理解されること”
を、優しさとして感じるんじゃないかって。
人は、「否定されないこと」に安心する
悩みを話した時って、意外と多いのが、
- 気にしすぎ
- 考えすぎ
- とりあえず頑張れ
- 前向きになろう
みたいに、すぐ結論に持っていかれること。
もちろん、それで救われる人もいると思います。
でも、自分は昔から、
「いや、まずなんでそうなってるのか整理したくない?」
って感覚だったんですよね。
だから、
- なぜ苦しいのか
- どこで無理しているのか
- 何に違和感を感じているのか
- 何を我慢し続けているのか
を、構造として見ようとしていた。
多分、自分の中では“共感”というより、
“理解”
なんだと思います。
感情論ではなく、認知整理に近い
自分は、精神論を言いたいわけではないんです。
「頑張れば変われる」
みたいな話でもない。
どちらかというと、
「今、頭の中で何が起きているのか」
を整理している感覚に近い。
例えば、
- なぜその人は止まっているのか
- なぜ同じことで苦しくなるのか
- なぜ人に合わせすぎるのか
- なぜ疲れてしまうのか
そこには、ちゃんと理由があると思っているんですよね。
だから、自分はそこを分解して見ているだけなんです。
「優しくしている感覚がない」の理由
多分、自分が“優しくしている感覚”がないのって、
感情で動いているというより、
「理解しようとしている」
感覚の方が強いからなんだと思います。
でも、人って、
- 否定されない
- わかろうとしてもらえる
- 自分でも曖昧だった感覚を言葉にしてもらえる
それだけで、かなり救われたりする。
つまり、
「理解されること」
そのものが、安心感になるんですよね。
最後に
昔は、優しさって、
- 励ますこと
- 元気づけること
- ポジティブにすること
だと思っていました。
でも最近は、
「相手を理解しようとすること」
そのものが、優しさなんじゃないかと思っています。
だから、自分は優しくしようとしているわけではない。
ただ、
「なぜそう感じるのか」
を、一緒に整理しようとしているだけ。
でも、もしかしたら人は、その“理解される感覚”に、一番救われるのかもしれません。


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